温泉が大好きなのは、人間や渋温泉地獄谷の猿だけではないようです。
全国各地の温泉には「温泉発見伝説」があり、白鷺や熊、鹿や猿などの動物による発見伝説も枚挙にいとまがありません。真偽のほどはともかく、昔から動物と温泉の距離が近かったことを物語っているのでしょう。それを裏付けるかのように、群馬県の野栗沢温泉には、カラフルな色をしたアオバトが温泉中のミネラルを補強しに、群れを成してやって来ます。
また、全国各地には、動物の名前が付く温泉地もたくさんあります。鶴の湯、鷺の湯、山鳩の湯、鹿教湯温泉、熊の湯温泉、猿倉温泉‥‥‥きりがないですね。
温泉に生息する生物の種数
長島(2012)の論文によれば、「温泉に生息する生物」は、原生動物の繊毛虫類(ゾウリムシなどの仲間)が185種、節足動物(昆虫や甲殻類、クモ類など)が147種、原生動物の肉質虫(アメーバなどの仲間)が46種、軟体動物(貝などの仲間)が29種だそうです。予想以上に、みんな温泉が好きなんですね。
さらに、細菌(バクテリア)や藻類などの微生物も、数は未知ですが、実に多くの種類が多様な温泉環境に適応して生息していることが確認されています。中には、草津温泉の湯畑などに生息するイデユコゴメのように、90℃以上の高温泉で、pH2といった強酸性の温泉に生息している強者もいます。
「オンセン」の名がつく生物
ミズアブの幼虫は、池や沼などの水中で育ちますが、高温の温泉にも生息することで知られ、「オンセンアブ」と呼ばれています。ミズアブのイメージを壊して恐縮ですが、昔から「便所バチ」などと呼ばれている「アレ」です。他にも、オンセンバエ、湯布院の金鱗湖の温泉水路等に生息するオンセンゴマツボなど、「オンセン」の名前が付く生物が存在しています。
私は新潟県の有名な露天風呂でオンセンアブの幼虫と混浴をしたことがありますが、あまり感じのよい混浴ではありませんでした。これだけは言っておきたいのですが、野湯や山の露天風呂では、浴槽の底や側面を手で物色することだけは絶対にやめた方がいいですね。想定外の輩と遭遇することがあります‥‥。
鉄酸化細菌による油膜状バイオフィルム
温泉が自然に湧き出しているような野湯に入ると、茶色い沈殿物が生じていたり、温泉の水面に油膜のようなものが浮いていたりすることがあります。茶色い沈殿物の正体は、温泉中に生息する鉄酸化細菌によって生成された水酸化鉄などです。同時に生成されるブヨブヨした物質を伴うこともあります。
また、油膜のようなものの正体は、オイルスリック状バイオフィルムと呼ばれる、微生物が温泉成分を利用して作る微生物皮膜で、油が浮いている訳ではありません。人体に影響を与えるものでもありませんのでご安心ください。
気をつけたいレジオネラ属菌
ご存知のように、温泉に生息する微生物で問題なのが大腸菌やレジオネラ属菌などです。両者は人間が浴槽へ持ち込んだり、人間に都合のよい設備により増殖したりするものです。特にレジオネラ属菌は、もともとは自然界に普通に存在する常在菌ですが、循環浴槽の配管の中に生成されるバイオフィルム(アメーバ等のぬるぬるした微生物皮膜)の中に潜んで増殖し、飛沫と一緒に肺の中に入るとレジオネラ肺炎を起こします。特に、飛沫が肺の中に誤進入しないように、循環湯の給湯口や打たせ湯付近を避けたり、ミストサウナサウナのようなものを避けたりすることが賢明でしょう。
温泉を利用した養殖
最近は、温泉を利用した養殖や栽培が各地で行われるようになりました。温泉で水温調整することによって、これまで寒冷地では不可能であった養殖が行えるようになりました。さらに、温泉に含まれる塩分を殺菌や浸透圧調整に利用し海水魚の養殖が可能となりました。淡水の熱帯魚であるナイルティラピア(チカダイ、イズミダイの名で市場に出回っていた)、ウナギ、スッポンなどをはじめ、近年では山間の温泉地においてトラフグ、ヒラメ、サバ、ウニ、チョウザメなどの養殖が行われるようになりました。
温泉熱を利用した栽培
温泉熱を利用して、野菜や果樹の栽培も盛んに行われています。青森県大鰐温泉で栽培されてきた「大鰐温泉もやし」は、温泉を利用して栽培される長いもやしで、特産品となっています。
全国各地の温泉では、トマト、メロン、イチゴ、もやし、トウモロコシ、ハーブ、タラの芽の他、バナナ、マンゴー、ドラゴンフルーツ、コーヒー、アセロラなどの熱帯果樹などもさかんに栽培されています。
寒冷の岐阜県の奥飛騨温泉郷でドラゴンフルーツなどの熱帯果樹が育っています。全国各地では、山の中でヒラメやフグが育っています。すごいことなのですが、何か頭がこんがらがってくるのは私だけでしょうか。