温泉博物館 名誉館長の 温泉ブログ

  温泉の科学や温泉現象について、わかりやすく解説します

福島県奥会津の「玉梨温泉」のこと

福島県の玉梨温泉に行ってきました。日本中に大好きな温泉がいっぱいありますが、福島県の奥会津地方の只見川流域やその近辺の温泉がとりわけ大好きです。漫画家「つげ義春」の匂いがプンプンするエリアです!

玉梨温泉恵比寿屋と隣の八町温泉「亀の湯」

只見川沿いの早戸温泉、湯倉温泉、大塩温泉。只見川から少しだけ山あいに入った玉梨温泉、西山温泉。他にもたくさんの温泉がありますが、最近私が最後に落ち着く先は玉梨温泉です。玉梨温泉はつげ義春の作品『会津の釣り宿』の舞台でもあります。

2011年7月の新潟・福島豪雨災害により、何か所かの橋が流されるなど再起不能とも思えるような甚大な被害を被り「廃線」という2文字が頭をよぎったJR只見線でしたが、11年の月日を費やして、2022年10月1日に全線開通となりました。全国各地で廃線化が進む中で、奇跡のような出来事に思えました。

そんなJR只見線の会津川口駅から野尻川沿いに5kmほど向かった所に玉梨温泉があります。厳密に言いますと、野尻川の右岸に八町温泉の泉源があり、対岸の左岸側に玉梨温泉の泉源があります。かつてはこれら川を挟んだ両岸にある「玉梨温泉」と「八町温泉」を別々の温泉地として位置づけていましたが、現在は両温泉間で温泉の「やりとり」があるため、同一の温泉地として位置づけられています。

玉梨温泉「恵比寿屋旅館」

新鮮なお湯がかけ流される恵比寿屋の内湯(撮影許可を受けています)

恵比寿屋の個性的な露天風呂(撮影許可を受けています)

温泉の充実した恵比寿屋に宿泊すると、すぐお隣に混浴共同浴場の八町温泉亀の湯、橋を渡って真向かいに玉梨温泉共同浴場と日帰り入浴施設のせせらぎ荘があります。真っ白な雪に包み込まれた会津の原風景の中で、超一級の温泉にゆっくりとほぼ独り占めをしながら入ることができました。玉梨温泉は私が思い描く「湯(とう)源郷」そのものです。

対岸にある玉梨温泉共同浴場(青い屋根の建物)

お湯がドバドバかけ流される玉梨温泉共同浴場の浴槽

混浴の八町温泉共同浴場

八町温泉共同浴場の脱衣所と浴槽

新鮮なお湯がかけ流される八町温泉共同浴場

ちくま文庫刊『つげ義春の温泉』には、昭和45年に撮影された玉梨温泉の写真が3枚、早戸温泉の写真が3枚、西山温泉の写真が4枚、大塩温泉の写真が3枚掲載されています。それぞれの場所に行って写真と今の様子と見比べてみましたが、いずれも現在でもなお「つげ義春ワールド」が色濃く残っている、素敵な温泉地のままでした!

玉梨温泉も登場するちくま文庫『つげ義春の温泉』

奥会津の温泉地には比較的高温の温泉が湧いています。とくに西山温泉エリアは国内有数の地熱発電所「柳津西山地熱発電所」が設けられている程の地熱地帯として知られています。近隣には活発な活動を伴うような派手な火山の存在はなく、感覚的には「こんな所になぜ地熱発電所があるの?」といったところです。

柳津西山地熱発電所。無人で秋田火力発電所から遠隔操作されている

掘削井から地熱発電所につながる蒸気のパイプ

次の図は、土井和巳著『日本の熱い温泉と地質』から引用した地質図に温泉地をプロットしたものです。

土井和巳著『日本の熱い温泉と地質』p98から図20を引用

玉梨温泉や早戸温泉に程近い「沼沢湖」は、今から5400年前の大噴火によってできた新しい時代のカルデラ湖です。このカルデラを形成している火山「沼沢火山」は、気象庁から「活火山」として認定されています。地下のこういった火山の熱源によって温められた熱水が断層を伝って上昇しているものと思われます。

 

 

新潟県岩室温泉の「黒湯」のこと

新潟県岩室温泉

新潟市の中心部から車で40分ほどの所に、古くから湯治場として栄えてきた「岩室温泉」があります。新潟の奥座敷として重宝され、往時は岩室芸妓が100名程存在していたような温泉地でした。現在は旅館やホテルが9軒のみとなり、「ほどよく寂れた感」のある素朴な温泉街となっています。近くには弥彦神社や弥彦温泉もあります。

「黒湯」が湧く温泉地になった

岩室温泉の新時代は「黒湯」との出会いからでした。新しく掘削して2015年から使用を始めた「岩室4号源泉」が、浴槽で黒色を呈する「黒湯」だったのです。浴槽に張られたお湯が黒い析出物によって真っ黒に見え、状況によっては黒色の度合いが変化したり、白濁したりするという「特徴的な温泉」になりました。泉質は「含硫黄―ナトリウム・カルシウム―塩化物泉」です。いいお湯です。

観光施設の足湯に張られた「黒湯」

なぜ黒湯になるの‥

岩室温泉の「黒湯」は、東京湾周辺や金沢市周辺などで見られる、いわゆる「モール温泉」などと呼ばれる腐植物質に起因するものとは異なり、多くのホームページなどでは、「温泉が黒くなる原因」として温泉に含まれる鉄分と硫化水素が反応して黒色の硫化鉄ができるため」とされています。塩原元湯温泉大出館の「墨湯」などの場合と同じように考えられています。

かつて撮影させていただいた大出館の「墨湯」

観光施設「いわむろや」の足湯で私が観察した時には、黒く見える温泉も、すくってみると澄明のお湯に黒色の煤のような沈殿物が底にたまっていました。分析したわけではないので何とも言えませんが、経験的には「マンガンの酸化物」も関与しているような感じを受けました。ちなみに分析書の値は、硫化水素や硫化水素イオンは多いですが鉄の含有は少なく、マンガンはそこそこ含まれています。

黒湯の「湯使い」

環境省の資料によると岩室温泉では、湧き出した泉源から各施設の浴槽までお湯が引湯管で運ばれる間に途中で、ガスセパレータ、受湯槽、反応槽、沈殿槽、ろ過装置、配湯槽などを経由します。旅館によっては、さらに循環利用したり消毒剤が投入されている場合もあります。ちなみに、ガスセパレータ―とは温泉に含まれているガスを意図的に抜く装置で、沈殿槽とは有害であったり有色の析出物などをあらかじめ沈殿させてから配湯するもので、これらを通すと泉質は多少なりとも変わっていきます。

同じ「黒湯」の源泉を使用していても、旅館やホテルによって「湯使い」が異なれば、浴槽の中での様相も異なってきます。自分が「期待している黒湯の特徴」があるかどうか、事前にインターネット上の写真等で確認して宿選びをするといいですね。

岩室温泉は「黒湯」を売りに

平成24年に、日本記念日協会から「9月6日」は「岩室温泉・黒湯の日」と認定され、お土産として数々の「黒湯グッズ」を販売するなど、今や岩室温泉は「黒湯」を売りにした戦略を大々的に進めています。

黒湯を宣伝するリーフレット

物産館の「黒湯シリーズ」のお土産コーナー

とはいえ、黒湯になる「岩室4号源泉」を利用している旅館ホテル7軒のうち、黒湯の特徴が味わえるような「湯使い」をしている所は意外と少ないような気がします。さらに日帰り入浴を受け入れている所も少なく、それらには条件的な制約もあります。日帰り入浴施設も「臨時休業中」でしたし、正直、岩室温泉で黒湯に入浴することはかなりハードルが高いような気がしました。

一番最初の写真の観光施設「いわむろや」の足湯は、硫化水素臭が立ち込める中で個性の強い優れたお湯にゆっくりつかることができ、とっても素晴らしい足湯であると思いました。足の裏が真っ黒になる体験も、「岩室温泉」へ行ったというインパクトの強い思い出になることと思います!

宝塚歌劇場の対岸は古くからの温泉場なんです!

宝塚歌劇

岐阜に住む私たちが「宝塚へ行く」というと、間違いなく宝塚歌劇場へ観劇に行くことを意味します。

昨日、ひょんなことから星組の公演を見に行くことになりました。特に興味があった訳でもないといいますか、『ベルサイユのばら』がヒットしていた頃のイメージが微かに記憶の隅にあるぐらいでした。実際に観て、「完成された舞台芸術」に感動をしました。

宝塚歌劇場/大ホールはさらに左手奥にあります

華やかな大劇場の入り口ロビー

開演前の大ホールの熱気(開演前は撮影)

宝塚温泉

実は、華やかな宝塚歌劇場の川の対岸は、古くから存在する「宝塚温泉」の温泉場なのです。神戸新聞の記事によりますと、「明治20年に温泉場として開業し、大阪万博が開催された1970年には約50軒の旅館が立ち並んでいた」といいますが、現在は、温泉旅館1軒、温泉を引くホテル1軒、公設民営の日帰り温泉1軒のわずか3施設のみとなっています。いずれも林立するマンションに挟まれるように存在し、かつて温泉場であったという面影すらありません。

対岸の「かつての温泉場」。中央が温泉旅館

なんと、宝塚温泉は「深部流体起源」の温泉

宝塚温泉は、温泉科学的に近年脚光を浴びている温泉です。南海トラフより紀伊半島の下に潜り込んだ「フィリピン海プレート」から搾り出された高温の水「深部流体」が、そのまま断層に沿って60kmあまり上昇して湧き出した温泉であることが明らかになっています。有馬温泉紀伊半島の高温の温泉などと同様のメカニズムです。

なお、宝塚温泉のような「深部流体起源の温泉」については、地質標本館のホームページに掲載されている「過去の特別展」のページに、「プレートテクトニクスがつくるなぞの温泉/深部流体」のブックレットにおいて大変わかりやすく解説されています。

ウィルキンソン炭酸水」発祥の地

明治22年頃、イギリス人の実業家「ウイルキンソン」が、宝塚駅に程近い武庫川右岸の生瀬地区(現自治体は西宮市に所属)において炭酸水の鉱泉を発見し、翌年に現宝塚市内に工場をつくり、瓶詰めして商品化を始めました(アサヒ飲料HP等による)。家庭で炭酸水を飲むという文化が浸透していなかった日本国内において、現在のように「ボトリングされた炭酸水を直接飲む」というスタイルを普及させたのがこのウィルキンソン炭酸水だそうです。

現在はアサヒ飲料が商標権を所有しており、「ウィルキンソン」という名前で炭酸飲料が販売されています。天然の鉱泉水(炭酸泉)を使用している訳ではなく、水と炭酸ガスから製造されています。

街で「ウィルキンソン炭酸水」を見かけられたら、ぜひ、宝塚温泉のことを思い出してください!

ウィルキンソン」の商標で販売されている炭酸水

宝塚温泉の名物「炭酸煎餅」

近くの有馬温泉では古くから「炭酸煎餅」がつくられ、今もなおお土産に根強い人気ですが、宝塚市国際観光協会のホームページによると、宝塚温泉でも120年ほど前から炭酸泉を使用した「炭酸煎餅」がつくられていたそうです。現在も有馬温泉と同じような円柱状の缶に詰められたものが販売されています。炭酸泉の湧出地ならではのお土産でですね。

宝塚のお土産「炭酸煎餅」

宝塚歌劇場の中の売店の一画にも「炭酸煎餅」のコーナーがありました。華やかなお土産が並ぶ売店の中で、ひっそり閑としていましたが、私にとっては「お湯組のトップスター」であり、炭酸煎餅が一番輝いて見えました。「宝塚温泉」とともに歩んだ歴史のある温泉土産が存在することは、今もなお「温泉場」であることの証なのです。

地図上には「温泉場」らしい記載が見られる (Google Mapsより引用)

上の地図(Google Mapより引用)を見ると、「炭酸水湧出地」「宝塚温泉碑」「ウィルキンソンタンサン発祥の地」「炭酸煎餅本家黄金家本店」「与謝野晶子歌碑」「宝塚温泉ホテル若水」「ナチュールスパ宝塚」など、温泉場であることが伝わってくるような単語が散見されます。

武庫川」を挟む大劇場と温泉場 (Google Mapsより引用)

写真(Google Mapより引用)右上(武庫川左岸)の屋根が茶色い建物群が、宝塚劇場関係のものです。左下(武庫川右岸)が、温泉場のあった地区です。

温泉博物館のHPをリニューアルしました!

下呂発温泉博物館」も、おかげさまでこの春には開館22年目を迎えようとしています。これまで多くの皆様にお越しいただき、心より感謝申し上げます。

今回、温泉博物館のホームページをリニューアルいたしました。ちょっとだけでも覗いていただければうれしく思います。

https://geroonsen-museum.com/

 

博物館の展示の様子を少しだけ紹介させていただきます。

温泉博物館へのエントランス

下呂発温泉博物館の建物の外観

温泉が湧き出す仕組みの説明

世界や日本の飲泉カップ

温泉地オリジナルの温泉細工

江戸時代の温泉番付

特別天然記念物北投石」や玉滴石(オパール)など、珍しい温泉沈殿物

温泉絵図や旅館の古いパンフレットなど

地下の温泉(熱水)脈に生成される自然金や自然銅ナゲット

温泉専用のパイプや掘削用ビット

温泉水を利用した様々な製品

温泉発見伝説に登場する動物たち

泉質別の温泉水やグッズの紹介

温泉に関する実験・体験コーナー

温泉関係の書籍や論文、定期刊行雑誌など

下呂温泉へお越しの際は、温泉博物館へもちょっとだけ寄ってみてください!

「入浴者心得」に温泉の本質をみる

新年おめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

モール温泉を湛える鹿児島県「前田温泉」の浴室

鹿児島県川内高城温泉の共同浴場

昨年は、地元で愛される共同浴場にたくさん浸かることができ、改めて温泉のすばらしさを再認識することができました。多くの共同浴場には「入浴者心得」のような看板が掲げられ、高い所から入浴者を律していました。

宮崎県えびの市「亀沢共同浴場」の「入浴心得」

じっくり読むと、「みんなで愛すべき温泉を大事に大事に守りながら恩恵にあずかっていこう」という「本気」が伝わってきます。

「湯に入る時は不潔な洗い落とすこと」

そう、不潔な洗い落とすのです!

お湯は絶対に汲取らぬ事。但しお産の場合はその限りにあらず

すごいですね。それほど古い看板のようには見えませんが、自宅でお産をし、ここからお湯を汲んで行ったのでしょうか。重曹成分の強い真っ黒なモール温泉でしたが、この真っ黒な温泉の産湯に浸かったのでしょうか。

「浴場を子供の遊び場にしない。子供を持つ親はお互いに注意すること」

「お互いに注意し合える」共同浴場のような場でこそ地域の教育力が発揮されてきたのでしょう。こういったコミュニティーの中でのしつけは大切ですね。今の世の中で大きく欠けていることのような気がします。

鹿児島県「前田温泉」の「入浴者心得」

「十二才以上の男女は混浴しないこと」

最近は子どもの異性の浴室での入浴が許可される年齢もだんだん低くなっているようですね。

「浴槽内にて石鹸、糠、洗粉等を使わないこと」

それにしても浴槽内で「糠(ぬか)」「洗粉(あらいこ)」を使わないって、今ではあまり想像がつきませんね。私は洗粉(あらいこ)という言葉をこの看板で初めて知りました。

「浴槽内にて義歯を洗はぬこと」

そんな輩がいらっしゃったから、このような注意が促されているのですね。

最後に、この看板、かなり古い物とは言え、「精神病者」が入浴お断りとなっているのはいたたまれません。

鹿児島県「菱刈温泉」の「入浴者心得」

ここは、混浴禁止が7才以上に引き下げられています。そして、この温泉もまた浴槽内にて石鹸、糠(ぬか)、洗粉(あらいこ)等を使用してはいけないと明記されていますね。糠とか洗粉というのはそんなにメジャーなものだったのでしょうか。

とにかく、共同浴場は本当に大切な場であったからこそ、みんなで大切に守ったのですね!

いつまでも温泉が庶民のものでありますように!

そして、富裕層のためのものになりませんように!

 

私も「入浴の心得」を遵守して温泉の恩恵にあずかる所存でございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

1杯20万円の「カニ」を見た!

海の温泉「皆生温泉」のこと

鳥取県の皆生(かいけ)温泉は「海の温泉」を代表する温泉の一つです。海底から自然湧出する温泉が発見され、紆余曲折を経て温泉開発が進められ、山陰地方最大級の温泉街が形成されるようになりました。目の前には美しい日本海が広がります。

日本温泉科学会監修『図説日本の温泉 170温泉のサイエンス』に、皆生温泉の砂浜の消長に関する興味深い内容が記載されていました。

江戸時代に、皆生温泉を河口とする日野川の上流域で、花崗岩中の砂鉄を取り出す「タタラ製鉄」が盛んに行われたそうで、そこから排出される膨大な量の砂が河口まで運ばれて、現在の皆生温泉の前の浜に堆積し続けました。そんな砂の流入によって海岸線が年間3mほど沖に前進し続けたといいます。ところが、大正時代にタタラ製鉄が中止になると砂の流入がなくなり、砂浜は反対に侵食されて小さくなっていきました。海岸線は結果的にトータルして150mほども後退し、温泉旅館に迫りました。そして海岸付近の泉源や旅館が破損するなどの影響が出始めました。そのため、海岸の侵食を止める対策(離岸堤や陸繋砂州の設置)がなされ、現在に至っています。下の写真は旅館の窓から日本海を撮ったものですが、砂浜の幅は狭く、海岸線が目の前に迫っていました。

皆生温泉のホテルの窓の真下に迫る海岸線

海の温泉旅で「カニ」に驚く

皆生温泉からほど近い境港の市場にはカニがいっぱい並んでいました。

その一角にあった水槽の中を覗くと、一匹の生きたカニが存在感を示していました。値札を見て「2万円か、高いなあ」と思ったら、よく見ると一桁違っていました。20万円でした。

一匹20万円の最高級ブランド松葉ガニ「五輝星」

「五輝星(いつきぼし)」とは松葉ガニズワイガニ)の最高級ブランドだそうで、これ以上の値段で取引されることもあるそうです。

甲羅には黒い「カニビルの卵」がいっぱいついていますあえてはがさないのは「脱皮してから時間が経っていて身入りがいいよ」というアピールのためです

境港は何と言っても庶民の味方「紅ズワイガニ」の水揚げが日本一です。昔は安かった紅ズワイも、最近は結構な値段がついています。

市場に並ぶ真っ赤な「紅ズワイガニ

今から35年ほど前に、2年間新潟県に住んでいたのですが、その時、飲み屋で出会ったかつて漁師をやっていたというご老人から「紅ズワイなんてまずくて食べないので、畑に蒔いて肥やしとして使っていた」「それでわしらは〔肥やしガニ〕と呼んでいた」という話を聞きました。「それを道端で売ったら、売れたので、みんなが売り出した」そうです。あくまでも聞いたお話です。酔った勢いで少々かっこつけて話されたのかもしれませんね。名誉のために言っておきますが、紅ズワイもおいしいですよ。

2年ほど前に「やっかい者」の「オオズワイガニ」が大量に網に入るようになって駆除に困っている」というニュースをやっていましたが、今ではしっかり「激安のカニ」として市場に出回っています。庶民の「カニへのあこがれ」の賜物です。それっぽい形をして「カニ」と名前がついていれば、それでいいのです!

皆生温泉の旅館のバイキングにあったカニ

その晩のホテルの夕食のバイキング、案の定、ゆでた山盛りのカニが鎮座していました。「本日のカニは ズワイガニ」とありました。「オオズワイガニ」の日もあるようです。翌日の出雲のホテルでも山盛りのカニがありました。名前は「トゲズワイガニ」と書かれていました。トゲズワイ君とは人生で初めての出会いでした!どちらかというと紅ズワイっぽい味に感じました。

江島大橋の「ベタ踏み坂」

地図を見ていて偶然、テレビCMに登場して有名になった「ベタ踏み坂」が境港の近くにあるということを知ったので行ってみました。写真の撮り方によっては急坂に見えないことはありませんが、普通にアクセルを踏めば普通に登れる普通の坂でした。写真は、少しでも急坂に見えるように遠くから撮ったものをトリミングして拡大してあります。

通称「ベタ踏み坂」の写真をスマホで撮ってみました

下の写真は「ベタ踏み坂」のチラシです。さすが、プロは「すごい坂」みたいに撮るもんですね。これを見て少々ビビッて「行くのを躊躇した」人もいるかもしれませんね。

もはや観光名所「ベタ踏み坂」のチラシ

熊本県「湯の鶴温泉」のこと

昭和の面影を残す「湯の鶴温泉」

「湯の鶴温泉」は、熊本県水俣市の市街地から海とは逆方向の山中に、ひっそりとたたずむ素朴な温泉地です。もう少しで鹿児島県との県境です。今でも「ツルの飛来地」として知られる鹿児島県出水市は目と鼻の先で、「平家の落人が鶴が湯あみをしているのを見つけて発見した」という、湯の鶴温泉の発見伝説もまんざらではないように思います。

頭石川沿いに旅館がならぶ温泉街。

頭石川の両岸に旅館などの建物が立ち並んで趣ある温泉街を形成しています。現在使われていない建物も合わせると、その昔は相当の数の旅館があったことがうかがえますが、『みなまた観光情報サイト』によりますと、現在営業しているのは5軒ほどのようです。頭石川(「いしあたま」ではない)の川岸には、四角くコンクリートで固められた泉源が点在していて「温泉地らしさ」を演出しています。

昭和の面影しかない湯の鶴温泉街

頭石川沿いの旅館街のようす

世間でインバウンドがどうのだの、中国から日本への渡航自粛がどうだのと騒がれる中で、失礼な言い方ですが、そういったものとはまったく無関係にしか思えないような、昭和初期の面影がそのまま残る素敵な温泉地(湯治場)なのです。「消毒臭」とか「循環」といった言葉がここほど似つかわしくない所はないでしょう。

共同浴場「きくの湯」の素朴な風情

私が実際に入浴したのは「きくの湯」という共同浴場です。思わず心の中で「これぞ素朴の極りではないか」と唸ってしまいました。無人ですので料金箱にお金を入れて入らせていただきます。はっきりとした硫化水素臭を有する無色透明の「アルカリ性単純温泉」のきれいなお湯が、いっぱいかけ流されていました。やや温めの適温で、他にお客さんもいなくて、気持ちが良すぎて浴槽からなかなか出られずに困りました!モザイクタイルが敷き詰められた浴槽もとっても粋でした。浴室内も浴槽内も大変きれいに清掃されています。

モザイクタイルが敷き詰められた「きくの湯」の浴槽

素朴な記載内容が温泉のすばらしさを物語る

最近、全国的に宿泊料金が高騰していて、私などの場合、簡単に宿泊できるような温泉旅館が本当に少なくなってきました。インバウンドや国内外の富裕層をターゲットにする旅館が増えてきた中で、この湯の鶴温泉はそういう事も関係ないので。料金設定も昔ながらにやさしい温泉地です。ここは「国民保養温泉地」に指定されていますが、料金も含め、本当に湯治や保養ができるこういう温泉地こそ本物の保養温泉地だと思います。

素朴であることの価値

いろいろと「手を加えたりして繕って生きることを余儀なくされている」今の世の中。熊本や鹿児島の温泉を巡っているうちに「素朴である」ことの尊さをしみじみと実感するようになりました。飾り立てたり、隠したり、手を加えたりする必然性がないからこそ、「素朴」でいられるのだと思います。刺身が「カルパッチョ」として出されると悲しい私です!