新潟県咲花温泉
新潟県五泉市の阿賀野川河畔にある咲花(さきはな)温泉に行ってきました。「咲花温泉」と聞いてもあまりピンとこない方が多いかと思いますが、エメラルドグリーンの硫黄泉がかけ流される素敵な温泉地です。
現在は6軒ほどの旅館からなり、温泉街(といってもほぼ旅館と駅のみ)のいい感じに寂れた雰囲気と秀逸な温泉に癒されます。私は今回初めて訪れましたが、とっても印象深い大好きな温泉地となりました。
古くから阿賀野川の川岸に温泉が自然湧出していたそうで、昭和29年にこの地で掘削を行い、57℃の温泉を掘り当てたのが咲花温泉の始まりだといいます。「咲花温泉」という名前も素敵ですが、もともと「先鼻」と呼ばれていた地名を、温泉旅館の開業と共に「咲花」と改名したとのことです。いい名前を付けられたと思います。
エメラルドグリーンの温泉
咲花温泉の特徴は何と言っても「エメラルドグリーン」の温泉の色です。時間の経過や温度変化等により、色が澄明なエメラルドグリーンから濁りをともなうグリーン、白濁へと変化することもあり、わが国の中でも「色のインパクト」が大きい温泉地として知られることとなりました。

うっすら呈色した時の温泉(撮影許可済)
各旅館に供給されている「エメラルドグリーンを呈する源泉」はいずれも「咲花温泉6号井」で、現在の泉質は「単純硫黄泉」です。硫黄泉を規定する主な成分は「硫化水素イオン」で、遊離硫化水素も少量含まれています。
前回の平成26年の分析では「含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉」でしたが、前回成分総計が1028mg/kgであったものが新しい分析時には1000mg/kgという塩類泉の規定値以下に下がってしまったようです。とはいえ、塩類泉との境界付近に位置することには間違いなく、ほぼ「含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉」の性質を受け継いでいるものと思われます。
なぜ、エメラルドグリーンの温泉になるのか?
咲花温泉でやはり興味深いのが、「なぜエメラルドグリーンの温泉になるのか」ということですね。
同じく緑色の温泉としてよく知られているのが、岩手県の国見温泉や長野県の熊の湯温泉などです。これについては、東邦大学の高松博士らの研究により、「成分として含まれる多硫化イオンの黄色」と、「太陽光が温泉中に含まれる炭酸カルシウムまたは硫黄粒子によってレイリー散乱を引き起こして呈する青色」との混色によるものであることが明らかになりました。多硫化イオンの黄色というのは、かつて販売されていた「六一0ハップ」や「草津温泉ハップ」などの液体入浴剤の原液を薄くした色です。
咲花温泉の旅館には、旅館の説明や約款が収められたファイルの中に、「咲花温泉を考える会・温泉ソムリエ団」による、温泉の解説がありました。温泉地は温泉で商いをしている訳ですので、自分たちが扱っている商品(温泉)が「どんな温泉か」ということをお客さんにきちんと説明することは、説明責任を果たすということからも非常に大切なことだと思います。こういったことは当たり前のことのようで、なかなかなされてこなかったことですので、すばらしい取り組みだと思います。説明書もとっても丁寧にわかりやすく解説されています。

旅館の部屋に置かれた温泉の解説書
ところで、この解説書によると、「何故お湯が緑色なのか」という肝心な部分の説明として、「それは、咲花温泉に含まれる金属カチオンという成分のためです」「空気に触れるとお湯を美しい緑色にしてくれます」と記述されています。これについて少しだけ考えてみたいと思います。
この説明には「金属カチオンという成分」と表記されていますが、温泉に関する現在の日本語表記で「カチオン」という言葉が使われることはあまりありません。カチオン(cation)とは陽イオンのことで、これに対して陰イオンのことをアニオン(anion)といいます。したがって「金属カチオン」というと、ナトリウムイオンやカルシウムイオンや鉄イオンといったものの総称となります。古い温泉成分表などが掲示してある場合、カチオンやアニオンといった言葉が使われています。

「カチオン」という言葉が使われている某温泉の古い分析書
イオンは基本的には無色ですが、例外的に水溶液中で有色となるものは主に遷移元素という仲間で、化学で習った元素の周期表の真ん中あたりに位置しているものです。このうちよく知られている金属イオンとして、Fe2+(淡緑色)、Fe3+(黄褐色)、Cu2+(青色)などが思い浮かびます。
ここからはあくまでも憶測で失礼なのですが、「金属カチオンという成分のためです」と言われたのはたぶん昔のお方で、直観的に、「水溶液中で緑色を呈するFe2+の存在に起因すること」を言いたかったのではないかと思います。
ところが、咲花温泉6号井の温泉分析書を見てみますと、薄い緑色を呈するFe2+の含有量は0mg、Fe3+(黄褐色)についても0mgで、鉄のイオンは含まれていません。
なぜエメラルドグリーンの温泉になるのか(私見)
ここからはエメラルドグリーンの温泉になる理由を私なりに考えてみました(机上の空論ですが)。
温泉分析書や、いろいろな旅館のさまざまな状況での浴槽の色の写真など、次のような情報がありました。
➀湧き出したばかりは「無色」、時間の経過とともに「澄明なエメラルドグリーン」に変化し、さらに時間の経過とともに「濁りのあるウグイス色」のようになり、最終的に「白濁」になる変化をたどることが知られている。すべての旅館ではないようですが。
②色の変化は時間の経過のみならず泉温の変化によっても起こることが知られている。
③水溶液として緑色を呈する金属陽イオンであるFe2+は全く含まれていない。
④単純硫黄泉の「硫黄泉」を規定する成分「遊離硫化水素」「硫化水素イオン」「チオ硫酸イオン」のうち、咲花温泉に含まれるのは大部分が「硫化水素イオン」であり、遊離硫化水素は少量含まれている。
⑤カルシウムイオンが26.5mval%、炭酸水素イオンが4.8mval%含まれている。
これらの情報より次のことが考えられそうです。
❶単なる金属陽イオン(金属カチオン)の色ではない。
❷温度の低下や、時間の経過などにより、遊離硫化水素が個体の硫黄粒子となって析出したり、炭酸カルシウム粒子として析出したりして、さらにそれら粒子が大きく成長していく現象が見られる。生成された粒子が小さいうちは太陽光がレイリー散乱(青色に見える)を起こし、粒子が大きくなるとミー散乱(乳白色に見える)を起こし、その結果、温泉がや青色や乳白色に呈色して見える。
❸温泉成分として大量に含まれる硫化水素イオンと、遊離硫化水素の酸化によって生成される硫黄が反応して、澄明な黄色を呈する「多硫化イオン」が生成されていく。
HS- + {(X-1)/8 }S8 ⇄ Sx2-+H+
❹一つの浴槽の中で❷や❸の反応が同時に進展する。
すなわち、これらから、次の仮説を考えました。
仮説 「咲花温泉がエメラルドグリーンや乳白色を呈するメカニズム」
湧き出したばかりの無色透明なお湯が、空気に触れ始めたり温度が低下する。これによって遊離硫化水素から個体の硫黄ができ始め、それが既にたくさん含まれている硫化水素イオンと反応し、「多硫化イオン」が生成されて黄色く呈色する。
これと同時進行で遊離硫化水素から個体の硫黄粒子が生成され(あるいは炭酸水素イオンとカルシウムイオンから炭酸カルシウム粒子が生成され)、これらの粒子が存在するために太陽光を受けるとレイリー散乱を起こして青色に呈色する。
すなわち、多硫化イオンの黄色とレイリー散乱の青色の混色により緑色に見える。この緑色も、はじめは澄明なエメラルドグリーンであるが、硫黄(炭酸カルシウム?)の粒子が時間の経過とともに大きく成長するとミー散乱を起こして乳白色が濃くなり、多硫化イオンの澄明な黄色と、散乱によって青色~乳白色へと変化する色の混色により、うぐいす色から乳白色へと変化する。

五泉市観光協会ダウンロード用パンフレットより抜粋
旅館によって色の付き方に違いがある
いろいろな旅館のホームページやSNS上の写真を見ると、同じ咲花温泉でも旅館によって色の付き方に違いがあるようです。濃いエメラルドグリーンになる旅館もあれば、薄い色の旅館もあります。また、うぐいす色や白濁などのように濁りやすい旅館もあれば濁りにくい温泉もあります。
咲花温泉は道に沿って細長く分布しているため、咲花温泉6号泉源からの引湯距離や引湯の設備の状況によって違いが出てくると思われます。
緑色になる仕組みとして仮に上述したような仮説が正しいとすると、多硫化イオンや硫黄の生成が大きなカギを握っています。引湯中に温泉中に含まれる遊離硫化水素が抜けると、緑色を濃くするのに不可欠な多硫化イオンや、ミー散乱を引き起こして濁りをつくる硫黄粒子が生成されないため、薄い透明感のある緑色のお湯になります。うぐいす色や乳白色への変化も少なくなります。また、源泉から引湯中に温度があまり下がらない場合と、かなり下がってしまう場合でも、遊離硫化水素などの個体の粒子となって析出する量が変わってくるため散乱の仕方も変わってきます。
また、同じ旅館内に複数の浴槽がある場合、浴槽ごとに換水の曜日を変えたり、温度差を付けたりすることによって色具合が異なり、浴室内に色とりどりの浴槽ができ上ります。

阿賀野川を眺める部屋
咲花温泉。しっかり硫化水素臭が香るエメラルドグリーンの極上の湯。もう一度行きたい素敵な温泉地です。