温泉博物館 名誉館長の 温泉ブログ

  温泉の科学や温泉現象について、わかりやすく解説します

東西で違う「ケロリンの風呂おけ」

東西で文化が違う

どん兵衛のだしの違い」や「雑煮の餅の形」、「エスカレーターの左右どちらを空けるか」など、「東西で文化が異なる」といった例をよく耳にしますね。

そんな中で入浴に関するものとしては、特に「ケロリンの風呂桶の違い」や「銭湯の浴槽の位置の違い」がよく知られています。

東西で違うケロリンの風呂桶の大きさ

銭湯や温泉施設の浴室でよく見かける「黄色いケロリンの桶」。肝心の「ケロリン」より黄色い桶の方がよく知られた存在になっています。高速道路のサービスエリアの売店には「ケロリングッズ」コーナーがあるほど人気があるようです。

ケロリン」は、言わずと知れた富山県内外薬品(現:富山めぐみ製薬)が販売する薬の商品名。ケロリンの桶は、その販売促進のための宣伝媒体(広告)として銭湯などに置かれたものです。

内外製薬のケロリンの風呂おけ

そのケロリンの桶」には、「関西型」と「関東型」の二種類があり、あえて、大きさや重さが違うように作られています

・「関西型」‥‥重さ260g・直径21cm・高さ10cm

・「関東型」‥‥重さ360g・直径22.5cm・高さ11.5cm

「関西型」ケロリンの桶の方が「関東型」の桶よりも100gも軽く、直径や高さが1.5cmずつ小さい仕様になっています。下の写真は、下呂発温泉博物館で両者を比較できるように並べて展示したものです。右側が「関西型」で、左側が「関東型」です。

「関西型」と「関東型」の桶

ぱっと見、大きさの違いはそれほどよくわかりませんが、右側の「関西型」の方が薄く作られていて、透き通って見えるのがわかります。ちなみに、真ん中にあるものが本来の主役である「ケロリン」です。

桶の大きさと入浴文化の違い

関西では、浴槽が浴室の中央に設けられていて、浴槽から桶でお湯を直接すくって身体にかけてから浴槽に入る習慣があるようで、桶が大きすぎると重くて使い勝手が悪くなります。そのために小さく軽いものが求められたと言います。

島根県共同浴場の浴槽の位置

それに対して関東では、いったんカランを使って身体をよく洗ってから浴槽に入る習慣があるため、桶は床に置いて使います。桶が大きい方が重宝したようです。また、浴槽は壁に接するように作られています(富士山の絵が掲げられているあの銭湯のようなイメージです)。

静岡県畑毛温泉の浴槽の位置

このように二種類の「ケロリンの桶」が存在していますが、インターネットのある記事によると、「関西型」の方は、現在、京都や兵庫の一部の銭湯のみで使用されているに過ぎないそうです。

この「ケロリンの桶」は「永久桶」などと言われるように、大変丈夫に作られています。そういえば、我が家の風呂でも、もう20年以上活躍していますが、全く劣化していません。ケロリンという宣伝文句も未だに鮮明です。さすがです。

毎日黄色いケロリン桶を見ながら風呂に入っていますが、「ケロリン」は買ったことがありません!

おまけ。「泉源」か「源泉」か

温泉が湧き出す「場所(湧出孔)」のことを「泉源」という温泉地と「源泉」という温泉地があります。統計的なデータがある訳でもなくあくまでも私の経験上の推測ですが、西日本では「泉源」という場合が圧倒的に多いように思います。温泉が湧き出す場所を「泉源」、そこから湧き出すものを「源泉」というふうに使い分けています。例えば兵庫県有馬温泉では、古くから「天神泉源」「御所泉源」などのように使われています。

これに対して東日本では、湧き出す場所も湧き出したものもどちらも「源泉」と呼ぶことが多いようです。ただし何故か北海道においては登別温泉など「泉源」が使われる温泉地も少なくないようです。

泉源と源泉の使い分けについては明確な規定があるわけではありませんが、温泉法では第2条において、「温泉源とは、未だ採取されていない温泉をいう」と規定されているにとどまり、泉源と源泉については言及されていません。さらに、環境省による「温泉法の逐条解説」によると、「温泉源とは従来泉源という用語をもって表現されていたものと実体的には同一のものである。しかし、泉源という用語は、水と土地とを一体的に観念して使用されているのが通常であるから、厳密にいえば、従来の泉源を純粋に水の面から把握したものが温泉源である」ということです。

かなりややこしいので頭が混乱しますが、どうも温泉法で規定された「温泉源」とは地上に湧出する前の「地下に胚胎した状態の温泉水」のことを指しているようです。そして、その場所(温泉が胚胎している土地とか、これから湧き出そうとしている孔の場所)のことを特に「泉源」という言葉で定義しているように感じ取れます。私は法律に疎いですので、解釈が間違っていたらごめんなさい。

ということもあり、私は、湧き出す場所を「泉源」、そこから湧き出すものを「源泉」と区別して使用しています。西日本タイプです。岐阜に住んでいるからという訳ではなく、「そう区別すべきである」という結論に至っているからです‥‥。

 

白濁湯の穴場「乗鞍高原温泉」のこと

長野県乗鞍高原温泉

温泉にさまざまな泉質のバリエーションがあることはとてもうれしいことです。「どんな温泉に出会えるか」ということは温泉巡りの醍醐味だからです。と、言いつつも、私は「強烈な硫化水素臭を漂わせる白濁の温泉」にあこがれます。

私の住む岐阜県内で白っぽく濁る温泉はというと、平湯温泉の「ひらゆの森」や新穂高温泉の中崎山荘、そして、成分の異なる源泉を混ぜるためにイオンバランスの違いから塩(えん)が生成されることによって濁りを生ずる新平湯温泉の旅館など、ごく一部に限られます。県内には「強烈な硫化水素臭を伴う白濁した温泉」は残念ながらありません。酸性泉もありません。

岐阜市から一番近い「強烈な白濁の温泉」は長野県の白骨温泉乗鞍高原温泉なのですが、白骨は宿泊費が高い宿ばかりですので、いつも乗鞍高原温泉へ向かいます。

乗鞍高原温泉「山水館信濃」の露天風呂(撮影許可済)

「ピーポロ乗鞍」の露天風呂(今年1月 撮影許可済)

乗鞍高原温泉のお湯は、もともと同じ泉源から引湯される白濁した「硫黄温泉(硫化水素型)」です。以前はpH3以下の酸性泉でしたが、現在はpH3.2とやや高くなり「酸性」でなくなってしまったようです。

山水館信濃の内湯(撮影許可済)

湯川泉源付近では、源泉から温泉成分が析出して硫黄華を生成するため、古くからそれを採取して「入浴用天然湯の花」として販売しています。

旅館で販売されている「天然湯の華」

硫化水素が多いため、浴室内の金属はもとより脱衣所の金属類までが「硫化黒変」により真っ黒に変色しています。もちろん指輪やネックレスなどの金属製品を着用しての入浴は厳禁ですね。黒く変化してしまいます。写真は決して汚れではありません。清掃は行き届いています。

硫化水素による「硫化黒変」で真っ黒に変色した蛇口

7km引湯の難工事で誕生

乗鞍高原温泉は、乗鞍岳の長野県側の登山口がある高原に所在し、一帯に温泉旅館や民宿などの家族経営的な小規模の施設が数多く点在しています。この高原にはもともと温泉はありませんでしたが、昭和51年に、白骨温泉を流れる湯川の上流部(乗鞍岳の山腹の標高2,200mあたり)の「温泉が自然湧出する」場所から7kmあまりの引湯に成功し、念願の温泉地となりました。泉源のある湯川と乗鞍高原は尾根を挟んだ位置関係にあり、高低差約550mの険しい地形でしかも豪雪地帯であることから、構想から30年以上かかってようやく完成しました。

泉源との距離感(引湯は直線ではない)google map使用

湯川泉源と乗鞍高原温泉の位置(地理院地図web使用)

引湯管埋設経路(浜田1990より引用)

その時の工事の構想から完成までの概要が日本温泉科学会誌『温泉科学』40巻4号に「浜田亀太郎(1990)乗鞍温泉引湯工事の紹介」として収められており、誰でも検索して閲覧することができます。特に乗鞍高原温泉の旅館や民宿の経営者の皆さんに読んでいただき、HP等で紹介していただくとよいのではと思います。

『温泉科学』に掲載された引湯の記録

乗鞍高原の温泉旅館や民宿はとってもリーズナブルで、しかも強烈な白濁硫黄泉ということで、私は大好きです。いろいろな宿に泊まりましたが「はずれ」がありません。歴史が浅い温泉地であるせいか、今ひとつ認知度が低いようですが、少しぐらい「穴場」の温泉地があってもいいでしょう!

なにしろ、今回の滞在中に外国人と一人も出会いませんでした。すぐ近くに外国人まるけの上高地があるというのに‥‥。

上高地のこと

久しぶりに長野県の上高地に行ってきました。私は上高地は日本一美しい場所だと思っています。学生時代、槍ヶ岳に登るために訪れたのが最初。「こんな美しい場所があるのか」と感動したことを今でも忘れません。以下、晩秋の上高地です。

上高地から見た穂高連峰梓川

梓川沿いのカラマツの紅葉

森林限界を超えて岩肌をむき出しにした北アルプスの山々を背景に、平坦面の林の中を青く透明な水をたたえた梓川が流れます。

新穂高上高地の位置(国土地理院電子Web地図使用)

岐阜県新穂高温泉地域とは穂高連峰や焼岳を隔てて反対側になりますが、景色が随分違います。上高地は焼岳火山群の噴火によってできた堰止湖に堆積物が深く溜まり、新穂高と同じようなV字谷だった場所に広い平坦面が形成されました。上の地図中で中央右寄りの水色っぽく見える部分がそうです。ボーリングコアを採集して調査した結果が報告されていますが、梓川がもたらした堆積物は最深部で300m程度存在しているそうです。            

大正池から焼岳を望む

梓川ブルー

「こんなきれいな川を見たことがない」

私の近くでだれかが叫んでいました。私もそうです。梓川の水が透き通ったブルーに見えます。

最近、川や湖の青さのたとえとして、高知県仁淀川の「仁淀ブルー」のように「〇〇ブルー」という言葉をよく耳にするようになりました。

梓川のブルーは、混じりけの少ないきれいな水に太陽光のさまざまな波長の光のうち赤色系の光が吸収され、残された青色系の波長の光が水分子によってレイリー散乱を起こし、青色っぽい色に見えます。特に梓川の場合、最後の写真を見ていただくとわかるように、川底の石(砂礫)は白っぽいものが多いうえ、水温が低く砂礫の表面に藻が繁茂しにくいことから、川底に向かって散乱した青色の光が白い石に反射して私たちの目に飛び込んでくるため、余計に青く見えるのではないかと思われます。

上高地を流れる梓川

上高地梓川ブルー

梓川の透明な水

大正池周辺のオレンジ色の水たまり

大正池沿いに整備された遊歩道を河童橋方面に歩いていくと、池の周辺の湿地帯のようなところがオレンジ色に染まっている所がたくさん見られます。よく見ると、水がオレンジ色に染まっているのではなく、透き通った水の底にブヨブヨしたオレンジ色の物質が堆積していることがわかります。

鉄酸化細菌の油膜状バイオフィルムと水酸化鉄

鉄酸化細菌にが生成した水酸化鉄の沈殿物

大正池の底にたまった厚い堆積物の中には多くの植物が取り込まれていて、長い月日の経過とともに植物は地中のバクテリアによって分解され、その結果、最終的には二酸化炭素が生成されたり、植物体内の鉄分が凝縮して地層中に残されたりします。そういった鉄分が水に溶け込むと、鉄酸化細菌によってオレンジ色の水酸化鉄が生成されます。また、同時にゼラチンのようなブヨブヨした物質も生成し、水酸化鉄を固定しながら存在します。

これが遊歩道周辺に見られるオレンジ色の沈殿物の正体です。温泉の生成物ではありません。

人でいっぱいの河童橋

いつ行っても河童橋は人でいっぱいです。

上高地の美しい自然がいつまでもこのままであってほしいものです。

 

温泉の泉質名の「英語訳」はどう書くの?

インバウンドの影響もあり、わが国の温泉に外国人がたくさん訪れるようになりました。そのため、温泉施設内での入浴作法や、基本的な温泉情報を説明しなければならない状況が生まれていますが、泉質名などの温泉用語を外国語で表記して説明することはなかなか大変です。

温泉の泉質名の表記や表記法は環境省の「鉱泉分析法指針」の中で詳しく示されていますが、例えば「ナトリウム―塩化物泉」のような泉質名は、わが国で決められたルールに基づいてでき上った「記号」に近いものですので、最近の優秀な翻訳ソフトを使ってもなかなかうまく訳してくれません。

今回は、そんな時のために、泉質名や温泉用語の英語訳を参照できる資料を紹介したいと思います。

 日本温泉気候物理医学会ホームページ

日本温泉気候物理医学会は、昭和10年に設立された歴史のある学会で、温泉医学、気候医学、物理医学等に関する研究と臨床への適用を展開してきました。

学会のホームページには、温泉の泉質名や温泉用語等が、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語に翻訳されて掲載されています

ホームページのホーム画面(1ページ目)の目次から「学会誌・書籍」欄をクリックすると、画面の最後に、

・温泉医学用語集(アイウエオ順ABC順

・泉質名(アイウエオ順ABC順

温泉医学用語解説

という項目が出てくるので、簡単に検索できます。

日本温泉気候物理医学会ホームページより引用加筆

日本温泉気候物理医学会ホームページより引用加筆

 『温泉気候物理医学用語集』

同じく温泉気候物理医学会より『温泉気候物理医学用語集1996』が刊行されています。少し古い資料になりますが、温泉用語や泉質名が英語やフランス語で表記されています。

『温泉気候物理医学用語集1996』

『温泉科学 温泉科学用語の統一について』

さらに古い資料になりますが、日本温泉科学会学会誌『温泉科学』第12巻第2号の中に「温泉科学用語の統一について」という論文が掲載されており、そこに温泉用語や泉質名の英語表記等が提案されています。温泉用語等が定義されていく段階がよくわかる興味深い資料です。

『温泉科学』第12巻第2号に掲載された論文

日本温泉科学会のホームページの「バックナンバーのページ」をクリックすると、これまで学会誌『温泉科学』に掲載された論文を無料で閲覧することができます。

ちなみに日本温泉科学会は昭和14年に創立された長い歴史を有する学会で、対象とする学問分野は、地球物理学、地球化学、地質学、水文学、医学、薬学、生物学、社会科学、温泉工学、温泉の管理、温泉行政、経営など多岐にわたります。実は日本温泉科学会の英語訳も、研究対象の意味合いから「THE BALNEOLOGICAL SOCIETY OF JAPAN」から現在の「THE JAPANESE SOCIETY OF HOT SPRING SCIENCES」に変更した経緯があります。日本語のニュアンスがより正確に伝えられることが大切ですね。

 

 

「天然記念物にしたい」温泉現象

希少な温泉現象

別府市の「地獄めぐり」や、宮城県吹上温泉の「間欠泉」など、温泉現象が観光名所となっている所は数多くあります。全くの天然に由来するものもあれば、人工的な掘削等によって誕生したものもありますが、いずれにしても、稀少で特異な温泉現象を目の当たりにできるという点では、どちらもとても重要なものであることには間違いありません。

別府地獄めぐりの名所「海地獄」

宮城県鬼首の「吹上間欠泉」

一般に公開されている島根県「木部谷間欠泉」

現在、温泉にかかわる自然現象や産物として、12の対象が国の天然記念物または特別天然記念物に指定されています。天然記念物の指定基準は、「動物、植物及び地質鉱物、天然保護区域のうち、学術上貴重で、わが国の自然を記念するもの」となっています。「記念するもの」とは「特徴づけるもの」といった意に解釈できるかと思います。さらに特別天然記念物については、「天然記念物のうち、世界的に、又国家的に価値が特に高いもの」とされています。

残念ながら、この中には「雌釜雄釜間欠泉」のように筆者の調査によって完全に消失していることが明らかになった特別天然記念物や、破損したり形態が変化してしまったりしている天然記念物も含まれています。また、これまでに人為的な破壊や盗掘を受けてきたものもあります。指定内容を下の表にまとめてみました。

国指定天然記念物に指定された温泉現象等(古田作成)

特に、平成25年に富山県立山の「新湯の玉滴石(ぎょくてきせき)産地」が加えられたのはあまり知られていないようです。新湯はかつて山中に存在した立山温泉の近くにある「湧き出した温泉が溜まる高温の池」です。そこで産する「玉滴石」とはオパールの一種で、透明感のある美しい球状の温泉沈殿物です(下の写真)。

立山新湯産玉滴石(古田撮影)

これまで、全国のさまざまな温泉現象を観察してきましたが、「なぜこれが天然記念物に指定されていないのか」と思わずにいられないようなものがたくさんありましたし、現在指定されているものと比較して「こちらの方が断然貴重ですばらしいのに」と思うようなものも少なくありませんでした。

私が選んだ「天然記念物に指定したい温泉現象」

そこで、今回は、私なりに「国の天然記念物にぜひ指定したい」と思う温泉現象をピックアップしてみました。候補はいっぱいありますが、とりあえず頭に浮かぶものを列挙してみました。

➀ 玉川温泉「大噴泉源」(秋田県) 

玉川温泉大噴泉源

1つの単独の泉源としては日本一の湧出量(毎分8400L)を誇り、湧き出す温泉はpH1.1で、浴用利用としては日本一強酸性です。放射性成分を含み、温泉沈殿物として特別天然記念物北投石(ほくとうせき)を生成することでも知られています。

国立公園内で玉川温泉の一画に存在しているため、十分に保護されている感がありますが、ここから北投石の盗掘が繰り返されてきた歴史もあり、指定によってきちんと重要性を告知しておく必要があると思います。

② 小安峡「大噴湯」(秋田県

小安峡「大噴湯」と遊歩道

水平方向に吹き出す小安峡「大噴湯」

常時温泉を勢いよく噴き出し続けている現象を「噴泉」といいますが、水平方向に吹き出す規模の大きな噴泉は極めて貴重であると言えます。

ここ小安峡「大噴湯」は、川沿いの岩石の層理面から水平方向に「ゴーッ」と大きな音を出しながら熱湯を噴き出し続ける珍しいタイプの「噴泉」です。類似した温泉現象がなく、大変稀少な存在です。観光名所にはなっていますが、全国的な認知度はそれほど高いとはいえません。天然記念物への指定により、その重要性を共有していけたらと思います。

③ 鬼首地獄谷間欠泉群(宮城県

川沿いに活動的な間欠泉が点在する間欠泉群

観光名所となっている鬼首「吹上間欠泉」近くの地獄谷遊歩道沿いに、小規模ではありますが活動的な間欠泉が数多く点在しており、それぞれが一定の時間間隙をおいて温泉を噴出しています。これだけ多くの天然間欠泉を集中的に見ることができる貴重なエリアです。間欠泉という稀少な温泉現象を観察することができる場所として、大切に保護していきたい場所です。

④ 後生掛温泉の自然湧出泉源群と泥火山秋田県

後生掛温泉の噴気地帯の泉源群

後生掛温泉で見られる珍しい「泥火山

後生掛温泉も、玉川温泉と同様、温泉周辺の噴気地帯に大きな自然湧出泉源がいくつも存在しています。

また、噴気地帯には「泥火山」と呼ばれる珍しい温泉現象もみられます。これは、もともと温泉が湧き出す沼などに「温泉沈殿物や粘土鉱物などの泥」が厚く堆積して沼を埋め尽くし、下から湧き出す温泉やガスによって堆積した泥が円錐状の高まりとなって地上に現れるものです。「火山」という名前が付けられていますが、一般的な火山に見立てた名称です。

⑤ 薩摩硫黄島の自然湧出温泉群(鹿児島県)

薩摩硫黄島の海岸線の至る所から湧き出す温泉で海水が変色している

海岸中から温泉の自然湧出が見られる

島内の岩の割れ目から湧出する温泉

鹿児島県の屋久島にほど近い薩摩硫黄島は活火山の島で、島の海岸線の至る所から温泉が自然湧出しています。温泉水と海水とが混じると、含有するイオンのバランスの違いから塩(えん)が生成され、海水が濁ります。最初の写真の硫黄島長浜港の海底には鉄分を含む温泉が自然湧出していて、港が茶色く変色しています。碧い海とのコントラストは圧巻です。

また、岩石の間の割れ目から大量の温泉が湧き出す現象を至る所で目にすることができ、「温泉は断層や割れ目を伝って湧き出してくる」ということを実感的に理解することができます。

⑥ ニセコ大湯沼(北海道)

湖底から温泉が湧き出すニセコ大湯沼

湖面や岸に浮かぶ黄色い中空状球状硫黄

大湯沼の中空状球状硫黄(下呂発温泉博物館所蔵)

ニセコ大湯沼は、もともとは硫黄を採集していた鉱山の跡地にできた湯沼で、ブクブクとガスを伴った温泉が至る所から大量に湧き出しています。湖面には、119℃を超えて溶融した硫黄を水蒸気ガスが突き抜けてできる珍しい「中空状球状硫黄」が大量に生成されて浮遊しており、湯沼を黄色く彩っています。修復された自然現象ですが、そんな中で安定した貴重な温泉現象が見られ場所として生まれ変わっているという歴史的な経緯も加味して、大いに評価したいと思います。

温泉現象が周知され大切に守られますように

まだまだ貴重な温泉現象はたくさんあります。今後ここに加えていきたいと思います。

天然記念物への指定により、すばらしい「温泉現象」が多くの人に知られる存在となり、温泉という自然への理解が深まるとともに、自然遺産を確実に後世に残していこうという保護への機運が醸成されていけばいいなあと願うところです。

 

「火山活動の中に浸かる」岩手・藤七温泉

火山活動の直湧き温泉

温泉が浴槽の下から直接湧き出す、いわゆる「足もと湧出温泉」はけっこうありますが、野湯でない限り火山活動中の噴気地帯のような場所の「足もと湧出温泉」は意外と少ないようです。

浴槽では、温度も成分も湧出量も「人間に都合よく」入浴が可能であるように安定している必要があります。火山活動中の地獄の「噴湯」に浸かるには、有毒ガスがなく、入浴に適した温度で安定した量が湧き続ける必要があり、ましてやそれが旅館の敷地内であるというのは至難の業です。

岩手県秋田県にまたがる「八幡平」は、侵食や噴火によって山頂部が台地のようになだらかになった火山で、「ランクCの活火山」に分類されています。一帯には、後生掛温泉、ふけの湯温泉、玉川温泉、松川温泉などの「有名どころ」が点在しています。そんな中にあって、八幡平の頂上付近の県境に位置するのが藤七(とうしち)温泉彩雲荘です。

藤七温泉彩雲荘全景

藤七温泉は標高1400mに位置し、山形県姥湯温泉(1300m)や大平(おおだいら)温泉(1080m)より高所で、東北地方の温泉宿としては最高所の温泉です。

特筆すべきは、一軒宿の彩雲荘が「地獄」と呼ばれるような噴気地帯の一画にあり、「火山活動によりボコボコと温泉が湧き出す」中に直接入れる温泉であることです。

藤七温泉周辺に広がる地獄(噴気地帯)

温泉が湧き出すくぼみに「すのこ」のようなものが敷かれていて、温泉が湧き出す底なしの地獄に陥ることがないようになっています。一応四角い浴槽らしく角材で区切られていたりします。目の前には噴気が上がり、火薬のような硫化水素の匂いが周りに充満しています。「火山活動の中に浸かっているなあ」と、地獄に身を置いている自分に幸せを感じます。地獄は極楽でした。

こんな開放的な温泉ですが、混浴です。女性の方も「湯あみ着」を着用して普通に入っていらっしゃいます(だから極楽という訳では決してありません‥‥決して‥‥)。

今は24時間自家発電機が稼働している

立地場所が立地場所ということで、一軒家宿の彩雲荘は自家発電です。夕食中に二度停電をしましたが、それも「想定内」の出来事であるため、だれも慌てません。当然、食事も「やみ鍋」状態で続けられます。真っ暗な中で酒を飲みながら、「何か」を箸でつまんで口に入れます。もはや修行です。もちろんテレビはありませんし、Wifiも十分ではなく‥‥、「酒」だけが頼りです。べつに藤七でなくても、いつもそうですが。

藤七温泉彩雲荘の部屋

廊下と天井がかなり傾き平行四辺形の空間に

心地よい温泉に浸かった後は、身体からは火薬のような匂いがし続けました。岐阜に帰ってからもしばらく、洗濯をし続けたにも関わらずタオルや下着から火薬のような硫化水素臭が消えませんでした。おかげで、藤七温泉の余韻を楽しむことができました。

藤七温泉に入浴して、さらに温泉という概念が拡がりました!

 

秋田・玉川温泉のこと

岐阜から遠い所なのですが、しばらくすると何故か「行かなくては」という衝動に駆られるのが秋田県玉川温泉です。他の魅力的な温泉とも一線を画し、私の中では別次元の「大本山」的な存在として位置づいています。温泉科学の研究対象としても注目を集め、これまで多くの研究者により、数えきれないほどの論文が報告されています。

今年もまた、そんな「玉川詣で」に出かけました。

玉川温泉「大噴」泉源

玉川温泉「大噴」泉源

上の2枚の写真は、玉川温泉の「大噴(おおぶき)」泉源です。温泉が自然に湧き出す一つの穴(泉源)としては日本最大(8400L/分)で、1分間におよそドラム缶42本分の温泉が湧き続けています。

玉川温泉の泉質

泉質名は、掲示された温泉分析書では、

酸性・含二酸化炭素・鉄(Ⅱ)- 塩化物温泉 

と記されています。これを見ると、酸性・含二酸化炭素・鉄(Ⅱ)までが特殊成分の記載で、塩類泉の陽イオンの表記がありません。陰イオンは塩化物イオンです。このような特殊な泉質名になっているのは、陽イオンで20ミリバル%を超える成分が「水素イオン」のみであることによります。ところが、平成26年改訂の鉱泉分析法では、「水素イオンが1 mg/kg以上かつ、20ミリバル%以上で、陽イオンの成分で水素イオン以外の成分が20ミリバル% を超えない場合は、陽イオンの主成分に水素を明記することとされています。すなわち、これに従いますと玉川温泉の泉質名は、正しくは

酸性・含二酸化炭素・鉄(Ⅱ)-水素-塩化物温泉 

となります。

ここから湧き続ける温泉は、理科の実験でおなじみの「塩酸」を主成分とするpH 1.1程度の強酸性泉で、私は入浴する度に肌がピリピリと痛くなります。特に肌を搔きむしったような部分には激痛がはしります。このため、たくさんある浴槽の大部分が50%に薄められ、源泉100%浴槽には「慣れた人」や「通」が入ります。強酸性の温泉は殺菌効果が期待できるため、水虫などの皮膚病が適応症となります。そのため、強酸性の温泉成分を軟膏にして、民間薬として売られてきました。

皮膚病の民間薬として売られていた「煉り湯華」

また、塩酸による強酸性の温泉を普通に飲み続けると歯に影響するため、特殊な飲泉カップでかなり希釈して、ストローで歯に触れないようにして飲みます。下の写真は以前、玉川温泉売店に売られていたものです。

玉川温泉専用の「飲泉カップ

放射線ホルミシス効果に期待をかける

この温泉が特に知られるようになったのは、強酸性の温泉や特殊な温泉沈殿物が放射能を有していて「癌に効く」と本で紹介されたことが大きいようで、「放射線ホルミシス効果」を期待する多くの人たちが、本気で湯治を行っていらっしゃいます。

湯治の中心は「岩盤浴」で、火山活動がさかんな噴気地帯の一角にゴザを敷いて、1日中横になって過ごします。温泉や岩盤から発する放射性物質である「ラドン」を自然吸入しながら岩盤からの温熱を受けて療養します。中には自分の「ガイガーカウンター」を持っていて、放射線の強い場所を測定して、あえてそこで岩盤浴をされる方もいらっしゃいます。ここ玉川温泉こそが全国に拡がった「岩盤浴(なんちゃって岩盤浴)」の元祖なのです。

岩盤浴用の「テント小屋」

特別天然記念物北投石」を産する温泉地

玉川温泉は、温泉成分から「北投石(ほくとうせき)」という鉛とラジウムを含んだ世界的にも貴重な重晶石(硫酸バリウム)を産出し、国の特別天然記念物に指定されています。特別天然記念物にも関わらず昔から盗掘され続け、「癌に効く鉱石」として弱みに付け込んだ売買がなされてきた歴史があります。

北投石」の産地のモニュメント

以前、私が学芸員をしていた岐阜県博物館において『温泉展』を行った時に、秋田大学鉱業博物館からお借りして大きな北投石を展示しました。その後、「北投石が本物かどうか鑑定してほしい」という問い合わせが何回かありました。見せていただいたものは、残念ながら北投石とは程遠い偽物ばかりで、いずれも「高額で購入した」ということでした。本物の北投石の写真を付けておきます。前面は構造を見やすくするめにカットした面です。

玉川温泉産「北投石」(古田撮影)

玉川温泉園自然研究路

玉川温泉の一帯には地獄と呼ばれる噴気地帯が広がり、噴気や噴湯、昇華硫黄の生成、硫黄や雄黄の沈殿物の生成など、さまざまな火山活動に伴う自然が観察できます。一帯には延長約1kmの「玉川温泉園自然研究路」が整備されていて、軽い散歩により楽しみながら学習できるようになっています。同じく八幡平の後生掛温泉にもこのような自然研究路が整備され、玉川温泉とは異なった火山活動を観察することができます。玉川温泉の近くには「玉川温泉ビジターセンター」もあり、玉川温泉や八幡平の自然を学ぶことができます。

玉川温泉園自然研究路の看板

玉川温泉園自然研究路

玉川温泉園自然研究路

玉川温泉ビジターセンター

もう一つの玉川温泉

温泉のもつ高いポテンシャルとは裏腹に、こういった特異的な温泉だからこその問題も抱えています。

「玉川毒水」

毎分8400Lも強酸性の強酸性の温泉が湧き出し続ければ、結果的にその分の「排水」があります。温泉排水や、使われずに湧き出したままの温泉水は「玉川毒水」とよばれ、流れ込む渋黒川を酸性の水にしました。魚は生息できず、流域では作物が育たないという問題がありました。一時期、温泉排水を田沢湖(日本一深い湖)に入れ、酸性水を希釈することが行われていました。その結果、田沢湖からクニマスをはじめとする魚類が死滅するなどのさらなる問題が発生しました。現在は、玉川温泉に中和処理施設ができて、さらには下流に玉川ダムを作り、そこで中和により生成された塩(えん)を沈殿撹拌するようになり、下流の河川水の環境も改善されてきているといいます。

玉川温泉の中和施設
雪崩によるテント小屋の事故

2012年には雪崩により、岩盤浴のために作られたテント小屋がつぶされ、犠牲者が出ています。積雪地帯の冬季の湯治に潜む危険を再認識することになり、それ以来、玉川温泉の冬季の営業は休業となっています。玉川温泉の湯を引いたお隣の新玉川温泉(1998年に新しくできた姉妹館)は通年営業です。

玉川温泉が地域医療に及ぼす影響

2015年に学会誌『温泉科学』にショッキングな論文が掲載されました。

加藤ほか(2015)「湯治目的の重症患者が集う温泉地と 地域医療体制の協調に関する研究」において、「いわゆる医者が見離した患者がホルミシス効果を求め、玉川温泉地区はいわゆる代替医療 の現場としてがん患者の湯治に利用されている」(論文本文より)という玉川温泉について、「湯治中の重症患者の容体が急変した場合に遠方の救急隊が出動せざるを得ないこと」などの問題が指摘されていました。

玉川温泉の最寄りの病院である田沢湖病院は、「新研修医制度発足後より、常勤医師が5人から2人に減り、救急対応が困難となり、(略)平成18年に救急指定を返上し、現在は 救急患者の受け入れを行っていない」状況になってしまいました。現在、「玉川温泉から一番最寄りの救急対応病院は64 km 離れた仙北市立角館総合病院であり、角館総合病院で対応が困難な場合には80 km離れた大仙市の大曲厚生医療センターで対応することとなる」そうです。玉川温泉からの1回の救急搬送は、往復160kmの行程になる訳です。

平成18年度および平成19年度のデータでは、玉川温泉 からの年間救急依頼は60件程度で、救急隊の総出動数の12%~13%を占めたそうです。また、秋田市からのドクターヘリによる県内への救急現場出動は平成26年度は9月末までの半年で時点でトータル106件の出動があり、そのうちの5件が玉川温泉への出動であったと言います。さらに医師にとっては、搬送されてきた重篤な症状の患者の病歴や治療履歴等がわからず、処置に困ってしまうとの指摘も記載されていました。

こうしたことは私のあまり知らなかった世界で、いろいろ考えさせられました。

玉川温泉で湯治を考えていらっしゃる方へ

玉川温泉での湯治は、強酸性の温泉であることや、岩盤浴が主体であることなど、特異な状況下で行うことになります。また、前述しましたように、温泉自体が八幡平の山中にあり、最寄りの医療機関まで相当な距離があり、万が一の場合の救急搬送にも時間を要します。自分の状況が玉川温泉の湯治環境にそぐうものかどうか検討したり、事前に玉川温泉のことをよく調べておく必要があります。

日本温泉科学会会長の前田眞治氏著『玉川温泉 湯治の手引き〔改訂版〕』(2022年発刊)は、そんな方々にとって、とても良い参考書になるのではないかと思います。

前田眞治氏著『玉川温泉 湯治の手引き〔改訂版〕』

八幡平の山深い場所にあるにも関わらす、これだけ人を引き寄せる玉川温泉。時代を経ても変わることなく湧き続ける「大噴」泉源。温泉の「メッカ」です。玉川温泉は私にとって大本山、大噴泉源はご神体のような存在なのです。